2013年3月31日日曜日

花の命は短くて・・・


今日は、4月に予定されている「桃源郷ツーリング」の下見に来ました。山梨県笛吹市です。

一人で行くのもなんだかなぁ、と思い、友人数人に声を掛けてみましたが・・・・・、
曰く、
“朝早ぇのは勘弁してくれぇ”、とか、
“あ、ざ~んね~ん、日曜日は〇Xの予約があるから行けないやぁ”、とか、
“先週遊び過ぎたから、今週はちょっと大人しくしてないとさぁ”、などなど。

いいよいいよ、そんなら一人で行って来るゎ。一人の方が気楽だし。
今日は天気も悪いし、逆に一緒じゃなくて良かったかもしれないな、と思いつつ。



今年は3月が異常に暖かかったせいで桃の開花も早く、地元の人の話によると例年より2週間ほど早いそうです。
ということは、どうやら今日あたりから今週一杯がピークらしいってことですね。

紅葉の時期が比較的長いのに対して、桜や桃といった春の花はあっという間に咲いていつの間にか終わってしまう。
そう、タイミングを外してしまうと今年はもうおしまい、ってことになるんですね。ピンポイントで見ないといけません。

甲府盆地に桃の花が咲き始めると、盆地一帯がピンクの絨毯を広げたようだと良く言われています。
今日は天気が今一つだったのでちょっとぼんやりしていますが、それでも今が一番いい時かも知れません。
そして何と、今日は桜と桃の花を同時に見ることができました。
本番よりも一人で来た下見の方が景色がいいなんて、かなり得をした気分です。
そうなると、本番では何の花も咲いてないということになるから、「桃源郷ツーリング」は看板倒れかぁ。まぁ、いいや。


それにしても、今日来られなかったキミ達。この景色は来年までお預けってことなんだよ。あぁ、もったいない。

本日の走行距離は360km。
車で来て大正解でした。
甲府盆地にいる間は、少し薄日も射して朝の雨を我慢してでもやっぱりバイクだったかなぁ、と思いましたが、
雁坂トンネルを抜けて秩父に入った途端、これです。100m程度先しか見えません。しかも寒いし。3℃しかありません。

天気予報は当たりでした。
友人の皆さん、寒かったから今日はバイクで来ない方が良かったよ。
でも、来年の桃の花が咲く頃には、今度こそ来ようぜぃ。


2013年3月19日火曜日

TOYOTA 86



久し振りに面白い車に乗りました。

グヮッと気持ち良く加速して、ピタッと安心して止まれる。

思い通りに操れるってこういう事なんだ、を体感したのも久し振りです。





たまにこういう車に乗ると、いつもとは違う気分になれますね。

まぁ、たまに、たまぁにだから、なのかも・・・。





2013年3月17日日曜日

千葉チャプターオフィシャルツーリング~「震災から2年 いわきは今」

今回は復興が始まったと云われている東北地方の南部、福島県いわき市へのツーリングです。
いつもの“物見遊山”的、“名物食べ歩き”的内容ではありません。
ボクは震災の後、何度か福島県には行きましたが被災されていない会津や中通りだけでした。
テレビや新聞、ネット等で何度も目にしてはいましたが、海岸近くの被災地を見るのは2年も経った今回が初めてです。

この静かで美しい青い海が牙をむいたとは到底信じられません。でも、あの津波は事実だったんですね。
瓦礫は既に片づけられていました。
しかし、津波にさらわれたのか取り壊されたのかはわかりませんが、殆どが土台を残すだけとなっています。


















「・・・・・。」
言葉が浮かびません。

日常や人生を海に持って行かれてしまった人々の今は・・・。

今回のツーリングは計画段階で迷いもありました。

“大勢でハーレーなんかに乗って何しに来たんだ?”、“見せもんじゃねぇんだ”、そう思われるかもしれない。

でも、ここらで一度行って見て何かを感じて、そして福島に少しでもお金を使って来ようよ。
それが今の我々にできることだし、そうすることが福島の人のためにもなることなんだから。

その気持ちを胸に、今日のメインは「いわき・ら・ら・ミュウ」です。
ここも水に被ったはずなのに全くそれを感じさせません。
しかも、中のお店ではおそらく震災前と変わらないであろう威勢のいい声とともに多くの海産物が売られており、
そして、県内県外を問わず多くの車で多くの人達が来ていました。
良かったですね。復興はまだまだこれからですが、福島の人達にもようやく笑顔が戻って来たようです。
お昼を食べて、できるだけのお土産を買いました。これはいつものツーリングと同じですね。
今日はいろいろ考えさせられる事も多く、今までのツーリングとはまた一味違ったものとなりましたが、来て良かったと思います。

本日の走行距離、430km。寒い朝でしたが、日中は福島も暖かく、しかも寒くなる前に帰って来ることができました。

2013年3月16日土曜日

渋谷が変わる(その8:東横線狂騒曲最終章の終わり)

さすが、今日は最終日だけあって大変な人出です!東横線が少しでも見える場所には必ず人がいました。

車両や駅を撮るのにそろそろ飽きて来たので、今日も「写真を撮る人達」にカメラを向けます。

こっちの方がよっぽど面白いです。それにしても何ですか、平日の日中だというのにこの人の数は?

自分の事を棚に上げて、声を大にして敢えて言わせてもらいますが、「おいっ!そこの君たちっ!仕事はどしたっ?」
 



 

 
 
さて、この大騒ぎの一方で明日に向けての準備が粛々と、そして着々と進んでいます。
あの「渋谷一号踏切」には、今夜の大工事のための重機が入りました。その横では数人が打ち合わせ中です。

そして、地上とは打って変わって静かな地下でも、最後の打ち合わせ?が進められていました。

“東横線って、こんなに人気があったんだぁ。”と、つい勘違いしそうな人の数でしたが、何だかもうウンザリです。
この大騒ぎもやっと今夜で終わりですね。やれやれ、です。




2013年3月14日木曜日

渋谷が変わる(その7:東横線狂騒曲最終章)

直通運転まであと2日となっては何を書いても今さらのような気がするので、もう渋谷の事を書くのはやめようと思ってました。
でもその一方で、あと少しだからこそ今ここで書いておきたい、という気持ちもあったので記事にしました。
ちょっとだけお付き合い下さいね。

しばらく前までは、カメラを持っている人は鉄道マニアか年配者だけだったのが、最近は大きく様変わりです。
ジジィもババァも子供も大人も男も女も、(っていわゆる老若男女のことですよね?)みんながみんなカメラを持って渋谷に来ています。

ちょうどこの「渋谷が変わる」話もそろそろネタ切れになってきたので、今日はその「東横線の渋谷駅で撮影している人々」を撮影してみました。
余計な説明は要りませんよね。






明日はもっと大変なことになっちゃいますよ。












2013年3月12日火曜日

昭和の匂い:銀座三原橋地下商店街

さて、皆さんは銀座に地下街があるのをご存知ですか?

“銀座線の改札を出た辺りでしょ?”
“宝くじ売り場から地下に入った所にお店があるよね?”

いえいえ、改札を出た所はただの地下通路ですよ。
宝くじ売り場から下りると確かに何軒かの店はありますが、あそこじゃありません。

この地図に赤い印を付けた場所、そこがまさしく銀座唯一の「地下商店街」なのです。


道路が少しだけ盛り上がっていますよね?これが三原橋です。
そして地上部分は、こんな感じですが・・・、

ひとたび裏に回ると、こんな具合で、

地下に映画館があります。何でも結構有名なんだそうですね。映画はあまり見ないのでよくわかりませんが。
そしてこの階段、20段程しかないのですがここを降りるとそこには「昭和」がありました。かなりのタイムスリップです。

天井が緩くカーブしていますが、これは三原橋をそのまま使っているからだそうで、まさに橋の下です。

ここには昔、三十間堀川という川が流れていて、戦後、ヤミ市の商人がここに多く集まっていた所らしく、
そのヤミ市の商人を締め出すために川を埋め立て、その橋の下にできたのがこの商店街なんだそうですね。
華やかな銀座にあるとは思えないこのレトロな空間、つい最近まで知りませんでした。うっかりしてました。

ところが、ここにはどうやら取り壊しの計画があるようです。
何でも耐震性の問題で、この映画館にも立ち退きの命令が出て3月一杯で閉館となるようです。
 


最盛期にはこの地下の両側に多くの店が軒を連ねていたと思われますが、今や2、3軒を残すのみとなりました。
手書きの定食のメニュー、これは「献立」と呼んだ方がピッタリ来ますね。この“ヤレ”具合が何とも言えません。

それにしても・・・・・、
またひとつ、「昭和」がなくなってしまいます。

今思うと、あの「昭和」って時代は、みんながいろんな事に鷹揚で余裕があってそして結構いい加減だったり。
それでも何とかなっちゃった古き良き時代だったのかも・・・。

昔を懐かしむなんて、歳、取っちゃったってことかな、やっぱり・・・。


2013年3月8日金曜日

渋谷が変わる(その6:もうだいぶ変わった、の巻 旧並木橋駅跡のオマケ付)

もうあと残り1週間となり、各部の仕上げも最終段階を迎え、ちょっと見ないうちにまた随分変わって来ました。

新「渋谷地下駅」には既に東横線の看板の取り付けもできて、本当にいよいよ、ですね。

 そして、代官山の方は、というと、実はこの前の情報とはだいぶ違っていたことがわかりました。
ホームが1m程下がるとお伝えしたかと思いますが、実は2m程下がるようです。
この写真でわかるでしょうか?
下の方に黄色い点字ブロックがありますが、あれが新しいホームの位置です。
真ん中辺の白いシートの部分が現在のホーム位置。作業員の方の背丈からすると、やはり2mは低くなるようです。
 
そして、この「渋谷一号踏切」ですが、この下はもうトンネルです。開通と同時に遮断機は撤去されて踏切ではなくなります。
 
東口の歩道橋から見るこの風景も、

 
中央改札口のこの風景を見ることができるのも、あと1週間となりました。
 
 
ところで、わが友人であるU氏によれば、かつて大昔、渋谷と代官山の間に「並木橋」という駅があったそうです。
あまりにも渋谷に近かったため廃止の憂き目に遭い、今やその存在すら忘れ去られた駅。
これはどうしても調べない訳にはいくまい、とうことで、

その痕跡を探しに歩いてみると、何やら他のとは違った形の橋脚を発見しました。
もしかしたら、この下に「何か」があったと想像させられるこの橋脚こそがその「並木橋駅」の痕跡ではないか?
 
しかし残念なことに、この推測はどうやら違っていました。
本当の「並木橋駅」は並木橋のすぐそば、ちょうどこの辺にあった「ようです」。
「ようです」というのはこの付近に今はわかる人がいないからで、古い文献等には出ているかもしれません。

でも、このあたりは探すとまだまだ何かが出て来るかもしれない、ちょっと面白い場所の「ようです」。

さて、東横線と地下鉄副都心線の直通運転開始まであと1週間。
ここのところ、東横線の渋谷駅ではカメラを持った人達を多く見掛けるようになりました。
それぞれが思うところの東横線を思い思いのアングルで撮っています。
この先まだまだ工事が続き、街や人の流れが大きく変わって行く渋谷。
「今」の姿を残しておきたい反面、変わる渋谷もまた楽しみではあります。
適当な時期を見計らって、今度は“「変わった渋谷”を伝えていきたいと思っておりますので、
いつの間にかシリーズ的になってしまった“渋谷が変わる”は、ひとまずこの辺にしておきますね。
 
 
 
 
 

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たいぶ前からバイク用のドライブレコーダーがショップに並んでいて、 もしかしたら、これは車より必要なものじゃないか? いつかは取り付けようと考えていました。   「いつか」、というのは、まだまだ納得できる商品が出ていなかったからですが、 ある日たまたまショーケ...