2013年9月23日月曜日

お伊勢参り:その3(式年遷宮なるもの)

今回、伊勢神宮を訪れるに当たり、そのキッカケとなったものが「式年遷宮」と呼ばれるものでした。
1300年も前から(中断したこともあったようですが)延々と続いているこの「神様のお引越し」の行事は、
二十年毎に執り行われるもので、今年平成二十五年がその年に当たっています。次回はまた二十年後となります。
歳を取って来ると、“次は〇年後”とか、“何年振りか”などと表現されたものにちょっと敏感になって来ます。
ここに来る少し前に、ポールマッカートニーの日本公演が発表されました。
今年71歳になるポールが日本に来られるのはもうこれが最後かもしれないと思い(ファンなら誰しもそう思うでしょう)、
とりあえずどんな席でもいいからと事前抽選に申し込んだものの予想通り外れてしまい、
事前予約でもチケットを手にすることができず、泣きの涙を呑んで諦めた経緯がありました。
この歳からすると、次回の式年遷宮にはもう八十歳近くで、今のように健康でいられるかどうかとても自信がありません。
しかも、ちゃんと歩けるかどうか?
そういろんな事を考えるとやはり“思い立ったが吉日”で、行ける時に行っておくべきなのです。
(ポールマッカートニーと伊勢神宮がどこで繋がっているのかわかりませんが)
神社仏閣への深い知識は持ち合わせていないものの、やはり伊勢神宮は特別です。
伊勢神宮外宮北御門口より
外宮は「豊受大神宮(とようけのおおみかみ)」と言って穀物・食物を司るいわゆる「衣食住」の神、
そして内宮は「皇大神宮(こうたいじんぐう)」と言い、国家の最高神である「天照大御神」がお祀りされています。
境内には正宮の他に別宮と呼ばれる規模の小さなお宮が何か所かあるのですが、別宮の中にも実は位があり、
外宮の多賀宮(たかのみや)と、
内宮の荒祭宮(あらまつりのみや)は、
第一別宮として、他の別宮とは違い正宮に準ずる扱いを受けているそうです。
正宮の次に遷宮をされるということで、敷地内には新しい社殿ができていました。
そう、この遷宮は、内宮が10月2日の夜、外宮が5日の夜に行われます。
そして、旧社殿と新社殿を同時に見ることができるのが9月中なんだそうです。
この連休が見納めということで、やっぱり思い切って来て良かったと思います。
次回は、しっかり予習をしてから来ることにしましょう。
実際に見学した時の楽しさと理解度がかなり違います。
今回は復習だけで終わってしまったので、いささか片手落ちの感が否めません。

お伊勢参り:その2(「回転焼肉」なるもの)

今回は松阪に宿を取って正解でした。
夕方の時間帯でも伊勢市内から30~40分程度で走って来られます。
しかもラッキーなことに、松阪方面から伊勢市方面に向かう道は大渋滞。
その反対車線をスイスイと走って行く、こんな気持ちのいいことはありません。
 
さて、それはそうと、問題は今夜の食事です。
せっかく松阪まで来たんだからここはやっぱり松阪牛を食わねばなるまい、と、
それらしい店を物色しながら走って行きますが、やはりここでも事前調査の怠慢が露呈して、
どこにするか決められないままホテルに到着。
 
でも、ホテルで聞けば地元の人しか知らない情報が得られるに違いない、と思い、
いろいろ資料をもらってやって来たのがここです。
地元では何店舗か展開しているという、「一升びん」という店です。
ちょうど時間が時間で混雑していたので名前を書いて順番待ちをします。

実は、ここに来る前に、店が集まっていると言われた駅の方へも歩いて行ったのですが、
居酒屋もそれ程多くなく、また焼肉屋もあったものの、本場の松阪牛を食わせてくれるのかがちょっと怪しかったので、
結局遠回りしてたどり着いたという訳です。
最初からここにしとけばそんなに待つこともなかったろうに・・・。
でも街中を歩いて、店の外まで客が待っていたのは、こことスシローだけだったのでたぶん美味しいんでしょうね。
 
さて、待つこと約30分、名前を呼ばれてカウンター席に案内されます。
カウンター席は一つの火を二人で使うスタイルですが、この火の右側には何とIHコンロまであって、
鍋物などを温め直すことができるんですね。すごい!
 
まずは、肉の前には野菜を食べておかないと、ということで、最初にビールとサラダを注文します。

この「回転焼肉」というのはまさに「回転寿司」の“肉バージョン”で、皿に載るのが寿司から肉に換わっただけのもので、
透明のケースの中を肉やらキムチやらデザートのケーキなどが流れて行きます。


席の目の前にある小さな赤いボタンを押すと、上側のカバーが6秒間だけ開きます。
その6秒の間にお目当ての物を取るシステムなのですが、
タイミングをずらしてしまうと取る前にカバーが閉まってしまうので、ベルトの流れをよく見ながらボタンを押さなければなりません。

皿の置かれた台には肉の種類と値段が表示され、一目でわかるようになっています。親切ですね。
 

こちらは手頃だった「松阪牛」の「切り落とし」です。
固くて噛み切れなかったらどうしよう、という心配など全くありませんでした。美味しかったぁ!
 
あれっ?食べるのに夢中になってしまい、松阪牛のカルビとロースの写真を撮り忘れました。
舌の上でとろける感じでした、という感想で想像してみて下さいね。へへへ。
 
会計も回転寿司の要領で、皿の枚数と色別で金額が決定します。
 
どれが誰のサインなのかちっともわかりませんが、芸能人なども多く来店する有名店のようでした。
満足満足。
 
 
 
 

 

お伊勢参り:その1(初日の気持ちのいいツーリング編)

せっかくの3連休なので、まだ行っていない所に行きたいと思ってました。
 
いろいろ調べてみると、今年は20年に一度の行事があるという伊勢神宮。
どうせ行くなら今月中が良いらしい、という情報も得ることができました。
 
まだ行ったことがないし、1泊すると距離的にもちょうど良さそうだったので、
とりあえずまず泊まる場所の確保をします。
 
10日前ではさすがに伊勢市内の宿はすべて満室。
ならば、ちょっと外して松阪市内ではどうか?と調べてみると、
あったあった!早速ネットで予約して決済も同時に完了。
楽天ポイントを使って、1泊朝食付きが¥4,200でした。お得感最高です。
 
さて、前置きが長くなりましたが、
今回は2日前に大まかなコースを決めて、あとは現地の様子を見ながら走るつもりで、
21日の未明(今回もです)、3時半頃家を出発しました。
 
東名~新東名~三ヶ日IC。浜名湖の西岸を走り、
渥美半島の先端にある伊良湖岬からフェリーに乗って鳥羽に渡ります。
今年は先に書いたように伊勢神宮が話題でもあり、ここから伊勢に向かう車もいつになく多いとのことでした。
 
大型バイクは乗員1名分を含み片道¥4,000。



船が到着しました。バイクから乗り込みます。
こうしてしっかりと固定してくれるので、ちっとやそっとではビクともしません。

伊良湖を出航して55分で鳥羽港に到着しますが、鳥羽港に入ってすぐ何やら船内が騒がしいと思ったら、
あの日本最大の客船「飛鳥II」が停泊中でした。それにしても大きい。でもあの船とは一生縁がなさそうです。

鳥羽に着くともう12時近く。
船を降りた車やバイクは皆伊勢に向かって行きましたが、ボクはまだ行ったことのない志摩半島、大王埼を目指して走り始めます。

 
志摩市までの「パールロード」と呼ばれる県道は、「シーサイドライン」と「奥志摩ライン」とに分かれていますが、
どちらも信号も車も少なく、適度なアップダウンと右左のカーブが連続して気持ち良く走ることができました。
大して下調べもせずにたまたま走った道がこうだと嬉しい驚きがあります。
 
大王埼のある大王町はひっそりとしており、灯台への道の両側には小さな土産物店が並んでいました。
客がいないと却って物が買い辛いもので、早々に引き揚げることにします。
銚子の犬吠埼をイメージしてましたが大違いです。
遅いお昼を食べようという目論見も見事に外されてしまいました。
ここに来るまでに何軒も見掛けた牡蠣の店で食べとけば良かった、と思ってももう後の祭りです。
こんなのも初めて訪れる場所ではよくあること、またどこかで食べればいいじゃん、と次に期待します。
 
次は二見浦にある「二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)」です。
 
今回伊勢神宮に行くにあたり情報収集した中で、
まず、この二見浦で身を清め、「禊(みそぎ)」をしてから外宮→内宮の順にお参りをするのが
古式にのっとった正しい順序であるということを知りました。
いくつになっても勉強は大事ですね。
こうしてまだまだ覚えておいた方がいいことが一杯あるのですが、
最近ではオツムのキャパの問題もあって、こういった知識はなかなか身に付きません。
 
さて、現代ですから身を清めるというのはちょっとアレなので、
この神社にお参りをしてから外宮に向かい、今日のスケジュールを終わることとします。
「夫婦岩」と神社の本宮です。
「夫婦岩」はもっと大きなものと思ってましたが、こうして見ると意外と小さいので驚きでした。
 
お参りを終え、土産物の店で見つけたのがこれ、「塩ソフト」です。
その名の通りあまり甘くなく、どこか塩気もある結構美味しいソフトクリームでした。
 
この後、外宮に向かいます。
 
 
 
 
 
 
 

 
 

2013年9月15日日曜日

街道を行く~中山道 その2 「40年前のお礼」


高校時代の部活動では、ある文科系の部に所属していました。

「地理研究部(略称:地理研)」といって、
日本各地に出向いて、その土地の産業や特産品の研究をすることを目的としていました。

研究旅行は夏休みと春休みの年2回、時間を長く取れる夏休みの研究がメインで、
その「研究」の成果をその年の秋の文化祭で発表するのですが、
部の中心となるのは2年生で、初仕事が高2の夏の研究ということになります。

当時の「活動内容」を振り返ると、まず・・・、
 
                  高1夏:秋田杉の研究
                  高1春:藺草(いぐさ:畳表)の研究
                  高2夏:木曽漆器の研究
                  高2春:萩焼の研究
                  高3夏:最終学年のため参加はなし
                  高3春:唐津焼の研究     などなど。
 
今だから言えますが、というか、当時からみんなが知っていたことですが、
例えば、7日間の日程だったとすると、
その内「研究」と称して地元の方々の話を聞いたり見学をするのは大体2日程度で、
残りの5日程は行き帰りを含めて周辺の観光旅行でした。
 
とはいえ、目的はあくまで「研究」ですから、
ボク達の代ではひとつ「漆器」でも「研究」しようじゃないか、
と夏の目的地に木曽を選んだ訳です。
 
その「研究」の成果は、まぁ置いとくとして、
この時の宿泊地のひとつが、奈良井の民宿でした。
 
何年にも及ぶ部の歴史の中でも民宿に泊まるのは初の試みで、
今回の「研究旅行」をみんなとても楽しみにしておりました。
 
何を基にどうやって見つけたのかは全く覚えていないのですが、
とてもいい民宿だったのでその時のことは今でもはっきりと覚えています。
 
宿の主は、“何でも来い!”的な、“肝っ玉母さん”的な豪快な女将さんで、
夕食の量の多さに全員がビックリさせられました。
 
あの金額でこんなに?と心配になってしまうほどのデカ盛りの料理。
いくら食べ盛りの中高生だからといっても、こんなに多くてはちょっと食べ切れないのでは、
と思った程でしたが、そこはやはり食べ盛り、たっぷり食べさせてもらいました。苦しかったけど。
 
そんな思い出があるこの奈良井にはまたいつか来ようと思い、今回ようやくその機会に恵まれました。
心配は、40年後の現在に当時の民宿がまだ残っているかどうか、のみ。
 
この辺りだったかなぁ?と見当を付けながら歩いていてもなかなか見つからず、
やっぱり40年も経っているともう民宿なんか辞めちゃったんだろうなぁ、
と思いながらさらに歩いて行くと・・・、
あったぁ~!
“豊かな食事と豊かな寝具?”という意味を持たせた「豊飯豊衣(ほいほい)」という名の民宿。
 
戸が半分ほど開いていたので中に入って人を呼ぶと、初老の男性が出て来ました。
 
“実は、私は今から約40年程前、夏休みに30名程の団体でお世話になった中の一人です。”と、長い自己紹介に始まり、
“今回私はどうしても当時のお礼が言いたくてここに来た”、という話をしたところ、
“数年前のお客さんならたまに来てくれることはあるが、まさか40年も前とは・・・”と、とても感激して下さいました。
 
そして当時の事に話が進むと、
 
女将さんは元々は農家の出身だったそうで、
子供達にはひもじい想いをさせちゃいかん、と常日頃から思っていて、
それで子供の団体だったボク達に大変な量の夕食を振舞ってくれたんだそうです。
 
あぁ、そういうことだったのか。やっぱり今日ここに来て良かった、と思えた瞬間でした。 
 
その当時は女将さんのそんな心配りなどちっともわからなかった、
いや、わかる訳がなかったと言っていいと思います。今だからわかることです。
改めて、この男性にお礼を述べつつ、さらに話が進むと、
 
あの女将さんはこの男性の母親だったこと、その女将さんが5年前に亡くなったこと、
今では看板は掲げてはいるものの、表立っての民宿業はあまりやっていないらしく、
観光協会の仕事やJRから委託されて週に何度か駅で切符を売っていることなど、
いろんなことがわかったのも収穫でした。
 
この日のこの時間にこの男性が、たまたま昼食のために一時家に戻ったところだったようで、
ボクにとってはピンポイントの絶好のタイミングだったと云えます。
もっと早くても遅くても会えずじまいだったことを思うと、これまた本当にラッキーでした。

大袈裟かもしれませんが、
ここで話ができたことで、40年分の胸のつかえがストンと落ちたような気がして、
晴々とした気持ちで奈良井を後にすることができたのです。
 
そして、前もって連絡をすれば泊めてもらえるとのことだったので、
次回は今日のような日帰りの駆け足ツーリングではなく、泊まりがけでゆっくり歩いてみたいですね。
民宿も本格的に復活して欲しいものです。
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

街道を行く~中山道 その1 「木曽十一宿の内の三宿」

 
“木曽路はすべて山の中である”、
という書き出しで始まる島崎藤村の歴史小説、「夜明け前」。
この舞台となった木曽路を久し振りに訪れることができました。
 
その昔、江戸と京都を結ぶ街道の一つであった中山道。
その中山道の中でもここ木曽谷にあった十一ヶ所の宿場町は、
現在でも江戸当時の面影を色濃く残す場所として、「木曽十一宿」と呼ばれています。
 
北から、
贄川(にえかわ)宿
奈良井宿
藪原宿
宮ノ越宿
福島宿
上松(あげまつ)宿
須原宿
野尻宿
三留野(みどの)宿
妻籠宿
馬籠宿
 
今回訪れたのは、南側から馬籠~妻籠~奈良井の三宿。
木曽路の中でも超人気スポットの馬籠宿と妻籠宿には、
観光客の少ない時間に行くことができてとてもラッキーでした。
 
坂道に沿って軒を連ねる馬籠宿です。
 
国や自治体や地元の人達が、この何百年も続く街並みを保存してくれています。
しかしながら、保存地域に指定されたばかりに改築・新築が思うようにいかないのも現実です。
地元の人達が不便を我慢して保存を維持する努力を我々観光客は忘れてはならないと思います。

 さて、次は馬籠宿と並んで人気の高い隣の妻籠宿です。
 
 


 
 
こうして改めて眺めてみると、本当に山の中です。
当時は当然道も悪かっただろうし、山賊もしょっちゅう出たであろうことが容易に想像できますね。

さらに北に向かってバイクを走らせて着いたのが、奈良井宿。


狭い道の両側に並ぶ家並みは、ある一定の法則(条件)に沿って建てられているそうです。
 
そしてここは、すぐ北隣の平沢という地区と並び木曽漆器で有名で、
お箸やお椀やお盆といった日常品から趣味的なものまで扱う漆器店が数多くあります。

お箸ぐらいは買おうと思っていたのですが、種類も値段も多過ぎて結局何も買わずじまいでした。
いや、隣の平沢の方が漆器店も多かろう、と思って平沢に向かったのですが、
こちらは全く観光客向けではなく、連休の初日にもかかわらず開いている店がほとんどない状態。
しかも並んでいる商品をチラッとみるとどれもが高級品ばかり。
また奈良井に戻る訳にもいかず、このまま帰ることにしました。

 
ただ、ここまで来て何も買わないというのもちょっとアレなので、
奈良井の駐車場のお兄ちゃんから聞いた塩尻のワインを買って帰ることにしました。
 
何でも、塩尻市の「桔梗ヶ原」という場所は長野県内でも有数のワインの産地なのだそうです。
そういわれて気を付けていると、帰り道で桔梗ヶ原に差し掛かると辺りにはブドウ畑が広がって、
ほんのりとブドウの香りがしました。
 
風景の中にある香りが楽しめるのもバイクツーリングの良さですね。
 
本日の走行距離は690kmを超えた、15~16時間にも及ぶツーリングでした。
早朝3時過ぎに出て夜7時頃帰宅、誰もこんな無茶なツーリングには付き合ってくれません。
でも、決して走りっ放しではなく、バイクを降りてブラブラ歩く時間も充分に取れて、
我ながら面白い楽しいツーリングだったと思っています。
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 


2013年9月11日水曜日

渋谷が変わった(その1:しばらく見ていないうちに・・・)

今日はお隣の恵比寿まで仕事で行くことになったので、久し振りに駅の周辺を歩いてみました。
 


今日気が付いたのですが、東急百貨店の屋上に「旧東急」と現在の「東急百貨店」のマークが並んでいました。
右側のマークはまだまだ多くの東急グループで使われていますね。
どちらにもそれなりに意味を持たせたものなのでしょうけれど、
「東急」といえば右の紺色のロゴ。ボク達の年代には馴染みのあるマークです。
 
さて、約半年前の大騒ぎがウソのような渋谷界隈です。
あの、“平日の日中なのにキミ達仕事はどうしたの?”の跨線橋には今では殆ど人がいません。
 
架線は既に外されて、おそらくこの辺りのレールももう外されているんでしょう。
着々と解体工事が進んでいるようですが、工事の看板を見ると工期が来年の9月末までとなっていました。
この先まだ1年間も掛かるんですね。
 
渋谷に着く直前に、ほんのちょっとだけ銀座線の窓から見えていたのがこれ。
東横線旧渋谷駅の“かまぼこ屋根”のおにぎり型の壁がすべて外されて、ホームに並んでいました。
それにしても、“かまぼこ”と“おにぎり”?あまりピンと来ません。
普通、おにぎりのおかずにはかまぼこはないもの、この組み合わせはちょっと無理があるんではないか?
 
まぁ、それはともかく、屋根の一部も剥がされてこちらも少しずつ解体が進んでいます。
 
ところで、気になるのは銀座線の渋谷駅。
2本の橋脚らしきものは完成して、もう1本を建設中。どうなるんでしょうね?
でも、これ、現在のレールの位置よりだいぶ低いところにあります。
ということは、この高さに銀座線が変わるということで・・・、
 
そして、トンネルの中で進んでいるもうひとつの工事。
半年前と様子がほとんど変わっていないので、何もわかりません。“知る人ぞ知る”なんでしょうね。
でも、トンネルから出る直前に、今のレールの下で何やら工事をしているのが見える瞬間があります。
さっきの橋脚といい、トンネルの中の工事といい、もしかしたらやっぱり線路そのものが少し下がるのではないか?なんて想像されます。
 
東急百貨店はシートで覆われていました。いよいよこちらの工事も始まるのでしょうか?
 
 
 
 


2013年9月8日日曜日

夏の終わりの晴れ間に・・・

今年の夏も相変わらずの高温多湿、そして最近増えてきたゲリラ豪雨に加え、
大陸のものだと思っていた竜巻までもが日本を襲いました。
 
ついこの前の竜巻など、我が家にも近い越谷市・松伏町・野田市・つくば市など
普段何気なく走っている所で発生しています。怖いわぁ!
 
ところで、今年の夏は結局バイクで走ることが少なかったように思います。
熱中症やゲリラ豪雨というリスクを回避することができたのですから、まぁ、それはそれで良しとして、
その分、これからの気持ちのいい季節にたくさん走ることにしましょうか。
 
とはいうものの、やはり多少の走り足りなさがあったので、そんな物足りなさを感じつつ近くを走って来ました。
 
 
久し振りの銚子です。というか、実は何度か走りに来ていますが、
何となく気が乗らなくて途中で帰ったこともあったので、やっぱり久し振りです。
 
犬吠埼の南側を回った所にある外川(とがわ)漁港まで行きました。
昼下がりの漁港は、空を飛ぶカモメの声だけが聞こえて人も少なくのんびりしています。
この雰囲気、いつ来てもいいものです。
柔らかな潮風に吹かれながら、このままここで昼寝ができちゃいそうな・・・。
 
そしてまた久し振りの食事はここです。

しばらく来ないうちに改装されていましたが、新鮮な味は変わっていませんでした。
 
数年前、いや10年近く前に仲間のS氏と銚子まで走りに来て偶然見つけたこの店は、
以来S氏のお気に入りとなりました。
たまたま一緒に行って、それ以来その店が一緒だった人のお気に入りになるということは
嬉しくなるものですね。
 
さて、ボクもようやく新しい相棒に身体も慣れて来たようです。
 
そして今日、納車後初めてエンジンオイルの交換をしました。
 
いくら出掛けなかったからといっても納車されていつの間にか4,000km近くも走り、
このエンジンと一緒に暑く厳しい夏を過ごして来たので、一杯楽にしてやりました。
 
もうすぐやって来る気持ちいい季節にお互いが気持ち良く走れるように、というその準備でもあります。
 
連休がもうすぐですね。
まだ行ったことのない所を走って来ようと考えています。
 
 
 
 
 

 
 
 

最近のバイク用ドライブレコーダーは凄い!

たいぶ前からバイク用のドライブレコーダーがショップに並んでいて、 もしかしたら、これは車より必要なものじゃないか? いつかは取り付けようと考えていました。   「いつか」、というのは、まだまだ納得できる商品が出ていなかったからですが、 ある日たまたまショーケ...