2015年5月10日日曜日

まさかもう一度行く事になろうとは・・・

最近では、箱根の山が危ない、とかいう話もそうなのですが、
「明治日本の産業革命遺産」として、国内23資産がこのたび世界遺産に登録される見込みとなったようです。
先月行った端島(はしま)炭坑(軍艦島)や、
 
同じく長崎の三菱長崎造船所の「ジャイアントカンチレバークレーン」、
そして三池炭鉱など、九州や西日本に多くが集中する中で、ひとつ静岡県にあるものが同時に登録されることになりました。
 
伊豆の国市にある「韮山反射炉」です。昔ここでは大砲を造っていたとか・・・。
今回は特に世界遺産の話を書く訳ではないのですが、4月の初めに韮山には一度行っているんですね。
何しに行ったかと云えば、来週に控えたツーリングの下見と打ち合わせでした。
 
そういえばその時、「韮山反射炉を世界遺産に」という垂れ幕やらポスターはだいぶ見掛けました。
観光客もまばらだったしあまり興味もなかったので、
まぁ、なかなか地元の思惑通りに事が運ぶことなんかないんじゃなぁい?
などと高を括っていましたが、何とここに来てこれですよ。
 
実のところ、ツーリングは反射炉を見に行くのではなく、まさにこの隣の敷地で茶摘み体験をしに行くのですが、
何しろ一番心配なのが駐車場の問題。
観光客が一気に増えた、となれば、ちょっとこれはヤバいことになりそうだ、
と居ても立ってもいられなくなって、再確認のためにバイクを飛ばしました。
1週間前にもう一度下見なんて、そんなことやった記憶がないなぁ。
ツーリング当日の時間帯に合わせるために、今日はややゆっくり目の出発。
それでも朝7時頃の海老名は“お約束通り”のこの混雑です。それにしても皆さんどこに行くんでしょうねぇ。
 
今日はまさに五月晴れの素晴らしい天気で、途中での富士山も大きくハッキリ見ることができました。
事故渋滞もなく、プラン通りの行程で現地到着です。
 
やはり、前回来た時よりも人は多いですね。
帰る頃には前回殆ど見掛けなかったバイクも数台やって来ました。
「世界遺産」とテレビの効果はとても大きいこと、実感です。
 
とりあえず、「心配の種」の駐車場問題は解決できたので、帰りのルートを、これも再確認をしながらちょっと流すことにします。
 
山を越えて海側に出るとちょうどいい所にコンビニがあります。
ここ、これまで3回程来ているのですが、いつも天気が悪く、“気持ちいぃ~!”とはならなかったのですが、今日は別。
海が間近に見える駐車場で、柔らかい潮風を受けながら食べるこれもまた格別!
んまい!気ん持ちいぃ~!いい陽気だぁ~!

という訳で、今日の再下見は往きも帰りも渋滞に遭うことなく無事終了しました。
残るは、当日の晴天と事故渋滞がないことを祈るだけ。

 
 
 
 
 


2015年5月4日月曜日

都会のローカル線(その2:流鉄・流山線)



今回は「都会の・・・」というより「郊外の・・・」と云った方が正しいかもしれません。
 
常磐線の「馬橋駅」から「流山駅」までの全長5.7kmを11~12分で結ぶ私鉄です。
以前は、「総武流山電鉄」と呼ばれていましたが、経営が少し変わり現在では「流鉄(りゅうてつ)」となりました。
 
 
常磐線のホームから流山線のホームを見るとこんな感じ。

ここに電車が入って来ると、こんな感じになります。

馬橋の一つ先に「幸谷(こうや)」という駅があります。
流鉄の経営するマンションの1階がホームです。

ところで、昔この辺一帯は「松戸市幸谷」と呼ばれていて、その地名から駅名を付けたのが今の幸谷駅です。
その後、武蔵野線が開通して「新松戸駅」ができ、区画整理など街づくりが本格化して新松戸という新しい街ができました。
 
その時の街の区割りの関係で、
幸谷駅の住所は「松戸市新松戸」、新松戸駅の住所が「松戸市幸谷」という、ややこしい事になってしまいました。
まぁ、どうでもいい情報ですが・・・。

さて、流山線ですが、
単線でしかもどちらに行くのにも同じホームを使っているので、自分の乗る電車を間違えてはいけません。
まず先に来たのが馬橋行き。
これがお隣の終点馬橋で折り返して来ます。
 
そしてとりあえずもう一方の終点の流山まで行ってみることにします。
 
着きました。この先はドン突きの本当の終点です。
 
どんな所か改札を出てみます。

手書きの時刻表。
平日の朝7時台に1本増発したためにちょっとはみ出してしまいました。
こういう所は何とも温かみがありますね。

この手書きの運賃表も懐かしい。
 
流山線唯一の車両基地が流山駅にありました。
日中の時間帯は青と赤の車両で対応して、夕方から夜にかけて本数が多くなった時に、あの黄色いのが出て来るんでしょうね。
右奥のオレンジ色は現在修理中のようです。
 
この車両はすべて西武鉄道からのお下がりで賄っています。
つい最近まで西武には片側三つ扉の車両があったように記憶していますが、
東京メトロへの乗り入れで互換性を持たせるために、片側四つ扉の車両が増えました。
古くなった三つ扉の車両はここで使われているんですね。
 
さて、途中駅の改札の風景です。
「定期券拝見」がこれまた懐かしいですね。
因みに、ここ流山線はSuica・Pasmoには対応していません。

松戸に住んでかれこれもう30年にもなるのに、流山線に乗ったのは今回が初めてでした。
普段乗る用事もないのですが、こうして乗ってみると意外や意外、楽しいものです。
 
短い路線が結構楽しいって事を発見してしまいました。
 
その3(気が向いたら)に続く。

 
 

 

 

「食いしん坊」ツーリングの予定でしたが・・・

昨日、3日はとてもいい天気でしたね。まさに五月晴れ。
天気がいいとどこかに出掛けたくなってしまうのは、きっとボクだけではありますまい。
 
かといって、高速道路を使って遠くまで行く気にもなれず、今日も近くをブラブラすることにしました。
「〇△高速道は〇〇で〇十キロの渋滞」という交通情報を聞きながら、
こっちは渋滞なしだよぉ~、と田舎道をのんびり流して着いた所が例のお煎餅屋さんです。
 
久し振りにいろんな種類をしこたま買い込んで次に向かいます。
 
筑波研究学園都市内の道路は若葉が美しく、高原道路を走っているかのような錯覚を覚え、
何しろ道がガラガラにすいているので走るには本当に気持ちのいい日和です。
 
さて、次は最近口コミでファンが増えているこのお店です。
 
昨年暮れに来て以来、約4ヶ月ぶりですが、いつの間にか来店客の写真が増えていました。
前回の倍くらいです。
ボクの写真は、真ん中よりちょっと右寄りのやや下の方にあります。
って、これじゃわかりませんよね?
 
今日はこの後「大盛」の店にも行く予定をしていたので、あまりヘビーなものは食べない方がいいと思い、
ハンバーグカレーにしました(これでも充分ヘビーですが)。
奥にちょっと見えている「ツインチリドッグ」にした方が良かったかなぁ・・・。
 
食べ終えてからまた田舎道を流して次の店、リバーサイドに向かいます。
 
今日はあいにく食事待ちの列が外にまで延びていたので諦めました。
次回また来ましょう。
 
この店の後はそのまま走って帰って来て、洗車をしてマフラーの交換までしてしまいました。
陽も長いし、風が爽やかで汗が流れないので何をやっても気持ち良くできますね。
 
朝8時過ぎに出てかなり遠回りしてもトータル170km程度のプチツーリングでした。
どこも渋滞なしです。
途中、“ホントに連休なのぉ?”と思いましたからね。
 
 
 
 


2015年5月2日土曜日

都会のローカル線(その1:京成電鉄・金町線)

さぁ、巷ではいよいよ大型連休が始まりましたね。
かく云うワタクシも連休に入りました。
 
しかし、ボクは人の集まる所は嫌いだし、渋滞も嫌い。
この時期の高速道路はどこへ行っても渋滞渋滞。
道が渋滞ならサービスエリアに入るのも渋滞。
駐車場所を探すのにも時間が掛かって、トイレも並び、食事をするのにも渋滞。
名の通った場所は大体人が集まるものです。大っ嫌いですね。
 
なので、今日はあまり人の来ない(とは云っても時期が時期ですから人はやや多めです)所で遊ぶことにしました。
 
ボクは鉄道も好きですが、いわゆる“鉄ちゃん”と呼ばれる程ではないと思っています、自分では、ね。
ですが、今日は自分の中の「鉄分」をちょっと出してみたくなり、
世間で云われる“撮り鉄”や“乗り鉄”となってお出掛けして来ました。
 
どうせなら、普段あまり日の目を見ることのないマイナーな鉄道に光を当ててみようじゃないかと、
まず身近なところから始めることにしました。
そしてまず向かったのは、タイトルの京成・金町線であります。

金町線は、京成本線の高砂駅からJR常磐線の金町駅までの2.5kmを約5分で結ぶとても短い「盲腸線」です。
こんな短い路線であるにもかかわらず、何と!よくありがちな「ワンマン」運転をしていません。
いずれ時間の問題なのかもしれませんが、とりあえず今のところは運転士さんと車掌さんが乗車しています。すごい。
 
JR金町駅には直接繋がっていないので、正確には「京成金町」駅です。
京成と京急は、駅名の頭に社名を被せて「京成〇△」とか「京急△〇」と呼ぶ駅が非常に多いのが特徴です。
JRの駅と離れているため乗客が間違いやすく、区別する意味合いからなんでしょうね。
 
スイカをタッチしてホームに上がります。
ボクはこういう「ドン突き」の、いわゆる「終点」・「終着駅」の風景が好きです。
一度「終着駅特集」を組んでみたいなぁ。
 
さて、車内に入ってまず目に飛び込んで来たのが、最近すっかり見なくなった扇風機です。
ここではまだまだ現役で頑張って涼しい風を送っています。
 
金町駅を出るとしばらくは長い直線が続きます。
 
運転席のすぐ後ろからこんな写真を撮るのって結構勇気がいるものだと思っていましたが、全然恥ずかしくありません。
何故なら、今日は“撮り鉄”と“乗り鉄”になってるんだもん。
 
それにしても、高砂までは途中に柴又の一駅しかないのに、
車内アナウンスで流れた“「各駅」停車の高砂行き”、という表現はちょっとおかしいなぁ。
 
と、柴又に停まってあっという間に終点の高砂駅に着きました。
あれあれ?と思ったのは、知らない間に金町線のホームだけが高架になっていたこと。
しかも専用改札ができており、
 
昔は京成上野までの直通電車が出ていたのに、今では金町・高砂間の往復のみとなっていました。
金町駅の時刻表には直通運転していた頃の名残か、「無印 高砂行」の文字が・・・。
全数が高砂行きなんだから「すべて高砂行き」にしてしまえばいいのに、誰も何も指摘しないのでしょうか?
 
ところで高砂駅は、車両基地があり、ここを始発・終点とする電車も数多くある京成本線最大のターミナル駅です。
本線と北総線・金町線の三線がここで合流・分流、しかもそのすべての線路が平面交差という複雑な構造だったため、
駅のすぐ横の踏切の幅が大変広く通勤時間帯には「開かずの踏切」・「渡れずの踏切」となっていたようです。
 
おそらくはそれを少しでも解消することも一つの目的で、
上野までの直通運転をやめて金町・高砂間の往復にしてしまえば、
金町線だけを別にして高架ホームに移設できるではないか、となったものと推測されます。
金町線を「高架」にしてどれほどの「効果」が得られるのかはわかりませんが・・・。
 
高砂駅に着く前、高架に行く方向とは別に地上のまま高砂駅方向に延びるレールがありました。
それはかつて本線への合流のための線路であったのでしょう。
今は高砂駅にある車両基地で点検を受ける際の「引込線」的な役割をしているようです。
 
地上からはその全景をなかなか見ることのできなかった車両基地です。
今、スカイライナーが出て来ました。
 
以上。「その2」に続く・・・。
 
何だか、あっという間に終わってしまいましたねぇ。
 
これで例えば、駅周辺を散策して見つけた店の紹介などをした方が「読み物」としては少し厚みが出ていいのでしょうが、
それでは「アド街」や「ブラタモリ」や「もやさま」とあまり変わることもなく、
比較することで、却って資金と時間がない分貧相な記事になってしまうことが目に見えるので、この辺にしておきましょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


2015年4月26日日曜日

今シーズン最後の桜

今日は爽やかで清々しい天気でしたね。
梅雨入り前までの僅かな時間ですが、1年のうちでこの季節が一番好きです。
 
さて今回は、もうほぼ“終わった”感のある桜ですが、
場所によってはまだまだ行けるだろうと思い、福島の某所を目指します。
 
今年の桜の開花は例年より早く、
東北では弘前も角館も、そして福島では三春の滝桜も会津若松・鶴ヶ城の桜も終わっていました。
 
ではどうする?
猪苗代スキー場の近くに「昭和の森」という所があるらしい、という情報を得たので、
まず最初の目的地はそこです。
ここはまだ入口ですがいい感じです。
青空と残雪の磐梯山と桜。八分咲きでした。
 
振り返ると後ろには遠くに猪苗代湖が霞んで見えます。

ここまで登って来ると空気もちょっとひんやりしていい気持ちです。
 
次は、先週の開花情報では「満開」とあった夏井川の千本桜でしたが、
写真の通り、葉桜が満開でした。
 
今日は朝早く出発したので、早く帰って来られました。
渋滞にハマることなく、ということは、ストレスなく、ということでもあり、
気持ちのいい日に気持ち良く走れました。
そんな訳で、本日の走行距離は600km。
 
何人で行ったのかって?
一人ですよ、一人。
ボクの周りは早起きの苦手な連中ばかりなのでねぇ。
 
せっかくのチャンスを台無しにしているとしか思えないんですよね。勿体ないなぁ。
「早起きは三文の徳(得)」。いや、三文以上かもしれないのに・・・。
 
 
 
 


2015年4月25日土曜日

百聞は一見に如かず・・・行って見るべし

 
実は、今月の中頃ですが、とある事情があって、
 
と書き始めると、どんな事情なんだ?ってことになりますが、まぁ、早い話が職場の旅行でして。
 
長崎のハウステンボスという所に行ってまいりました。
 
“そんなとこ何が面白いんだか・・・”、とか、
“所詮、偽物のオランダじゃねぇか”、とか、
“わざわざそんな所まで行かなくたってねぇ”、などという声もありましたが、
 
どうしてどうして、いざ行ってみるとこれが何と!、結構楽しめるではありませんか。
行った3日間は帰る日に晴れるという何とも悔しい空模様でしたが、
しばしの「異国情緒」を楽しんで来ました。

我々が到着した当日の夜までの期間限定で、「イルミネーションなんチャラ」なるものをやっていました。
とてもいい感じではありましたがどちらかというとカップル向きの景色で、
職場の後輩や同僚と一緒では「なんでお前らなんだよ!」という突っ込みのひとつも入れたくなります。
 
ところで、ハウステンボスの中にはオフィシャルホテルが三つあって、
そのうちの二つがいわゆる「ちゃんとした」ホテルです(「ちゃんとしたホテル」って、なぁに?)。
 
我々が泊まったのは「フォレストビラ」と呼ばれるコテージ風の建物でした。
水と緑に囲まれたとても気持ちのいい場所です。
 
部屋の中は、というと・・・、
下がちょっとしたリビングで、2階にベッドルームが2部屋という間取りで、
ファミリーやグループの長期滞在に向いています。
この「ちょっとした」リビングのお蔭で、毎晩の「ちょっとした」宴会には全く不自由しませんでした。
 
さて、このツァーにはオプションが付いています。
ボクは「軍艦島」上陸ツァーに参加しました。

しかしこれが何と、その時々の波や天候次第で相当運が良くないと上陸できないという博打みたいなツァーです。
 
期待をしましたが残念ながらこの日は上陸を断念しました。

正式には「端島(はしま)」、通称「軍艦島」。
島を遠くから見ると軍艦に見えることからこの名が付いたんだそうですが、
19世紀の終わり頃に三菱が炭鉱を開き、この狭い島に何千人という人々が暮らしていました。
今は廃墟のみが残る無人島となっています。
世界文化遺産に登録申請をした、という話ですがどうやって保存するのだろうか、興味があります。
 
ところで、長崎は「三菱ムラ」でもあります。
 
最盛期、ここで暮らしていた人達は、
三菱から給料をもらい、三菱の経営するスーパーで買い物をし、三菱の経営するパチンコ屋で遊んだそうです。
すべてのお金がまた三菱に戻って来る、というシステム。
三菱、恐るべし。
 
そしてその今日(こんにち)の「三菱」を築いた岩崎彌太郎の大きな銅像。
 
この日上陸できなかったため、すぐ隣にある高島という島で、
このような軍艦島とそれにまつわる歴史についてのレクチャーを受けました。
 
そして「三菱ムラ」と云われる所以がこんなところにもあります。

ビルのように見えますが実はこれは建造中の客船。ここは三菱造船長崎造船所です。
まぁ、こんな大きな客船とはこの先も縁はないでしょうなぁ。
 
さてさて、帰る前日の夜にもう一度夜景を見に行きますが、これはやっぱりどう考えてもカップル向きだよなぁ。

 
先にも書きましたが、帰る日の朝にはこれが何とも気持ちの良い晴れで、
やっぱりこういう日は海の近くが一番。
 
この桟橋の先から船で長崎空港に移動です。
 
しかしまぁ、何故帰る日だけ晴れるのか!
そりゃぁ、雨よりいいと云えばいいのですが・・・。
 
 

 

 
 
 

 

 



 
 

 


最近のバイク用ドライブレコーダーは凄い!

たいぶ前からバイク用のドライブレコーダーがショップに並んでいて、 もしかしたら、これは車より必要なものじゃないか? いつかは取り付けようと考えていました。   「いつか」、というのは、まだまだ納得できる商品が出ていなかったからですが、 ある日たまたまショーケ...